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隠しファイル3
(「将棋」とは)

2001年7月23日(月)

夕べはなかなか寝付かれなかった。
午前2時を過ぎ、ようやく眠れそうだと思ったその時、階下の将棋センターで、何か話し声のようなものが聞こえた気がした。

最初は外かと思ったのだが、どうも近くから聞こえる。半分寝ぼけたままだったのだが、気になって、静かに階段を下り、おそるおそる将棋センターの明かりを付けた。

とそこには、・・・

50センチもあろうかと思われる、「金将」と「銀将」が盤の上に座って、なにやら話し込んでいるではないか。
人間と言うのは、あまりに理不尽な現場に遭遇すると、驚きを通り越して平凡な対応しかできないものらしい。

この時私が言ったのは、「君たちは、・・・誰?」だった。

すると、金将は驚いたような顔をこちらに向けると、「誰って、見てのとおり、俺は金将様さ。こいつは俺の子分の銀将だよ。」と話しかけてきた。

銀って金の子分だったのか、とへんなことに納得しつつ、私は、何を話していたのか聞いた。

すると金将は、完全にこちらに向き直り、話し始めた。

金将「なに、こいつが最近元気ないのさ。昔は、銀といやあ、戦闘の第一線に配置され、果敢に相手の陣地になぐり込みをかけたものだが、今じゃ、プロの間でも、加藤くらいしかこういう使い方をしてくれないじゃないか。
しかも、最近の若手ときたら、銀を二枚とも守りにつけるんだぜ。これをマネしたアマチュアも多くなってね。活躍の場がめっきり少なくなったって、かなり落ち込んでいたのさ。」

「確かにそうかもしれないね。昔は魅せる将棋が多かったが、最近は勝負にこだわる人が増えたかもしれない。
昔の棋士たちって、将棋と人生観をだぶらせていたよね。名人は選ばれる者というのもある意味そういう考えから来ていると思うんだけど。
そう言えば、羽生が何年か前、「将棋は単なるゲームに過ぎない」みたいな発言をして物議を醸しだしたことがあったねえ。」

金将「ほーお。そんなことがねぇ。で、羽生は今でもそう思っているのかい?」

「どうだろ。でも今の若手は、そう思っている人も多いんじゃないかな。」

金将「だとしたら、羽生もまだまだ弱いな。」

「えー、羽生が弱いって!・・・それは、・・・つまり、将棋は単なるゲームじゃない、ってことかい?」

金将「いんや。単なるゲームさ。」

「・・・・・・・・」

金将「問題の本質は将棋の側にあるんじゃない。それをどう捉えるか、それに向き合う、人間の側にあるのさ。だから、将棋を単なるゲームとしてしか捉えられない人間にとっては、単なるゲームにしか過ぎない。だが、将棋を単なるゲーム以上のものとして捉えることのできる人には、それ以上の発見をすることが可能だってことさ。」

「ふーん。なんとなく分かるような気もするけど・・・。」

金将「それはな、別に将棋に限ったことじゃない。どんなことでも、それは他人から見れば、ものすごくくだらないことでも、極めようとすれば、その途中にかいま見ることのできるものさ。
ところがどんなものでも、一生懸命やろうとするものがない人間にとっては、そこに気付くことさえない。さらに、気付いてはいても、そこからどうすればいいのか分からない人間もまた多い。」

「気付いたら、どうすればいいんだい?」

金将「それを俺に聞くなよ。そんなことはお前達が見つけ出すものさ。ただ将棋に関して言えば、そこへ到達するまでに、時間がかかりすぎるってことは、一つの不幸ではあるな。」

「将棋の本質を見つけられれば、もっと強くなれるのだろうか?」

金将「おいおい、将棋の本質の発見と、強さはまったく別のものさ。強くなるためだけだったら、一直線に、ひたすら将棋の勉強に励めばいい。ある程度の才能があれば、その才能分は強くなれるだろうよ。それは一本の高速道路を脇目も降らず飛ばしていけば、目的地にいち早くたどり着けるのと一緒だね。でも、問題なのは、その目的地が本当に君たちが目指していた目的地かどうかってことさ。途中に気付かないような細い道があって、もしかしたら、そっちへ行くべきだったのかもしれない。確かに将棋は誰よりも強くなった。でもそこから何も発見できなければ、むしろむなしいのさ。将棋が強いことにどんな意味があるのだろうと考えてしまう。でも本質を見いだせる人間は違う。それは一番強くなれなくても、もっと多くのことを将棋から見つけることができるだろう。」

「なるほど・・・。なんとなく分かったような気もする。ところで、先の名人戦だけど、谷川負けちゃったねえ。自分としては、谷川に名人になってもらいたかったけどね。それはある意味、谷川のような将棋が本来の将棋の姿であって欲しいと思う、自分の気持ちなのかもしれない。でも結局は負けた。将棋って本質を極めると、入玉を目指したり、千日手を目指したりする、つまらないものになってしまうのかな?」

金将「あんた、分かったようなことを言っていたが、ちっとも分かってないね。さっきも言ったように、本質の発見と強さは別のものなのさ。単なるゲームとしての強さにこだわるなら、入玉を目指すことも一つの方法論には違いない。最終的にどういう形が将棋というゲームの「勝つ」形になるかはコンピュータが発達して、名人と同じかそれ以上に強くなったときにその答えは出るかもしれないな。
しかし、それだけでは本質を発見することはできない。
世の中には、見えないものの方が見えるものよりずっと多いのさ。目に見えるものだけ、耳に聞こえるものだけが現実に存在しているんじゃない。
「見えないものがある」ということにまず気付くことだ。そうすればそれだけでも、本質にちょっとは近づくことができるだろうよ。そしてそこから先は・・・・・」

急に声が聞こえなくなった、と思ったら、小鳥のさえずりの声で目が覚めた。
「なんかずいぶん長い夢を見ていたな」と思ったが、しばらくの間、「金将」の言った言葉が頭の中をこだましていた。

それからおもむろに起きあがり、布団から出ようとしたら、パラパラッと、何かが転げ落ちた。それは、・・・


・・・・・昨日、確かにしまったはずの、金銀の駒二枚。